4. 将来への課題と可能性
中江:
実は、一番の悩みは馬肉の流通量が減っていることです。馬を育てる牧場がどんどん廃業していて、育成している農家さんが減っているんですよね。
阿部:
深刻な問題ですね。
中江:
うちで使っているのは「ペルシュロン」という種類の馬です。例えるなら、「北斗の拳」のラオウが乗るような、大きくて力強い馬です(笑)。北海道の「ばんえい競馬」で見るような馬ですね。それと「道産子」という北海道産の馬も使っています。でも、その北海道の牧場が減少していて、個体数が少なくなっています。このままだと、今までのような質の高い肉が手に入らなくなる可能性があります。だからこそ、契約している牧場との関係を良好に保つことが最優先です。
阿部:
供給が安定しないと、多店舗展開も難しいですね。
中江:
供給が不安定な状態で店舗を増やすのはリスクが大きすぎます。
阿部:
仮にどこかの企業が「買いたい」と申し出てきたらどうしますか?
中江:
それも一つの選択肢だと思います。資本力があって、志を持った企業なら、馬肉という優れた食材を全国、さらには世界に広げることができるかもしれません。ただ、その企業が単なる利益追求ではなく、「健康な食生活を広げたい」といった目的を持っていることが重要ですね。
阿部:
息子さんがどこかの企業の傘下に入ることを希望したらどうされますか?
中江:
それもいいと思いますよ。ここを「元祖の店」としてしっかり残しつつ、全国展開や海外展開を目指すなら、それはそれで応援します。
阿部:
柔軟な姿勢が中江さんらしいですね。
中江:
大切なのは、伝統を守りながらも時代に合わせて進化すること。どの世代も自分たちのやり方で新しい価値を加えていけば、それがまた「桜なべ中江」の新しい歴史になると思います。
5. 吉原の未来を語る
阿部:
いま、吉原という街があらためて注目されています。
中江:
今年の大河ドラマの舞台が吉原ですからね!その影響で取材も増えています。ただ、料理の話よりも歴史や文化の話がメインになることが多く、「俺、何屋だったっけ?」と思うこともあります(笑)。でも、桜肉料理を文化として守り続けているのは大きな価値だと思っています。
阿部:
吉原の歴史に深く根付いている感じがしますね。
中江:
そうですね。13年前に「金村」という吉原の最後に残った料亭を買ったんです。遊女の街というイメージが強い吉原ですが、実は芸者文化もここから始まりました。その芸者さんたちが働いていたのが料亭です。吉原には料亭街があったんですが、どんどん失われていき、「金村」が最後の一軒でした。
買いたい人たちのほとんどが、壊してコインパーキングやコンビニにしようとしていたんです。でも、当時の女将さんが「できれば建物を残したい」とおっしゃっていて、別館として使いたいと申し出たら譲ってもらえました。吉原は何度も大火に遭い、昔の建物がほとんど残っていない中で「金村」がそのまま残ったことに、地域の人たちはすごく喜んでくれましたね。
阿部:
地元の人々とのつながりも強くなったのですね。
中江:
女将さんはもうお亡くなりになりましたが、今でも吉原町会や商店会の方々がイベントで「金村」を使ってくれるんです。また、「金村」を買ったおかげで祭りの御輿も担げるようになり、吉原の仲間として認められるようになりました。その分、寄付も増えましたけど(笑)。
阿部:
吉原はこれからも注目を集めそうですね。
中江:
そう願っています。吉原はどちらかというとマイナスのイメージが強い街でしたが、いまは「文化の発祥地」としてブランド力を高めていこうという動きがあります。商店街の2代目、3代目の青年部の方々が中心になって進めていて、行政も支援に積極的です。
阿部:
インバウンド観光の効果も期待できますね。
中江:
人力車で吉原を訪れるインバウンドのお客様も増えています。こうした動きで地域全体がさらに盛り上がっていけばいいですね。
6. 最後に
先の大戦で奇跡的に焼け残った建物を舞台に、桜なべ中江は吉原の歴史や文化を未来へつなぐ役割を担う老舗です。4代目店主の中江白志氏は、明るくユーモアあふれる人柄で、スタッフや周囲の人々の自主性を尊重しながら、柔軟な姿勢で経営に取り組んでいます。
「伝統は次世代が自分たちの方法で作っていくもの。だから一任する」と語る一方、後継者である息子さんも、家族や地域とのつながりを大切にしながら、暖簾をしっかりと守り続けていくことでしょう。
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